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豊橋簡易裁判所 昭和30年(ハ)99号 決定

原告 菊地留之進

〈外一名〉

右両名代理人 山口源一

被告 大洋製鋼株式会社

右代表者 三浦富雄

主文

本件を名古屋地方裁判所豊橋支部に移送する。

理由

原告訴訟代理人は請求の趣旨として申立人被告、相手方原告等間の豊橋簡易裁判所昭和三〇年(イ)第一号売掛代金請求和解申立事件の和解調書正本に基く執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として主張する事実の要旨は訴状別紙第一目録記載の不動産は原告留之進の所有、同第二目録記載の不動産は原告照の所有であつた。然るに原告留之進は知人の連帯保証をしたため、株式会社七十七銀行より追及を受けていたところから、友人の勧告に基き取引関係のあつた被告に一時右財産を預けて名義書替をしてこれを保全しようと思立ち、昭和三〇年一月妻婦じを豊橋市に赴かしめその手続をさせた。その当時原告留之進が被告より取引上五十数万円の買掛債務があつたところ、唯被告に不動産の保管を依頼するのが目的であつたため、右婦じは被告との取引関係を詳しく知らぬまま被告側より豊橋簡易裁判所に於て訴訟提起前の和解調書を作成すべき旨申向けられ、売掛代金債務を八十五万余円としその売渡し、担保として前記各不動産を被告に譲渡する旨請求の趣旨記載の和解調書の作成を受けたのである。ところが最近に至つて被告は右和解調書記載のとおり原告に対し、金八十五万九千百十八円の債権ありとしてこれを支払わぬときは、本件不動産の買戻権を失う旨申越して来た。しかし、右和解調書は前記のごとく単に原告に保管を依頼する趣旨で作成したものに過ぎず、内部関係において所有権を留保したものであるから、その執行不許を求めるため本訴に及ぶというのであつて、訴訟物価額を金五十万円として訴訟印紙を貼用している。

よつて職権をもつて本訴に付当裁判所に管轄権があるか否を考えてみる。

請求の異議の訴は民事訴訟法第五四五条、第五六三条により第一審の受訴裁判所の専属管轄である。そして判決により確定した請求については第一審の受訴裁判所とは第一審判決裁判所を指すことは疑ないところである。しかし同法第三五六条により簡易裁判所が取扱う訴訟提起前の和解申立事件において和解が調ひたるとき作成される和解調書により確定した請求についての第一審の受訴裁判所とは何かについては解釈上疑問がある。この場合和解調書の成立した簡易裁判所は右第三五六条により訴訟提起前に限り和解事件を取扱うことを認められるに過ぎぬのであつて、結局同法第三五二条の原則により訴訟物価額による事物管轄の例外を認めたものである。従つて若し和解調はざる場合において第三五六条第三項により裁判所が訴訟としての弁論を命じて口頭弁論期日が開かれたとき、被告から事物管轄がないことを主張して地方裁判所へ移送の申立をなし得べきことは疑を容れぬ(この申立なくして本案の弁論に入れば合意管轄が生ずる)すなわち、この場合簡易裁判所はあくまで和解成立までの簡易手続に付管轄権があるだけである。そこで同法第五六〇条により第五四五条を準用し、訴訟提起前の和解調書により確定した請求についての異議の訴を管轄する第一審受訴裁判所とは訴訟物価額により管轄権が定められる財産権上の請求についての本則に従い、金十万円までのものはその簡易裁判所、金十万円を超えるものはその簡易裁判所管轄区域の属する地方裁判所、すなわち訴訟に付第一審判決をなすべき裁判所を指すものと解するのが合目的々と考える。この解釈が正しいものと考える今一つの裏付けとしては同法第五六〇条、第五四五条による請求異議の管轄裁判所は訴訟提起前和解調書以外は全部地方裁判所であることである。訴訟提起前の和解調書に限り簡易裁判所に専属管轄があるという考え方は昭和二三年法第一四九号による民訴法改正前の判例学説がこの和解に対する請求異議は区裁判所の管轄であると解していたいわゆる文理解釈を墨守しようとするものであるが、右改正法により新設せられた第三五二条及び裁判所法による簡易裁判所の本質に照らして考えれば、若し従来の区裁判所管轄説が旧法の文理解釈として正しかつたものとするも簡易裁判所制度の実施に伴い新に施行せられた後法である右第三五二条により第五六〇条中訴訟提起前の和解調書について第五四五条を準用する部分は前法が改正せられ、新法としては請求異議の訴は本来簡易裁判所の事物管轄に属するもの以外は地方裁判所の専属管轄に統一されたものと解すべきである。もちろんこのような専属管轄についての規定には疑義のないように、はつきりとしたいし、その様な改正方法も不可能ではないのであるから、民訴法中改正法律の立法技術面が拙いといえばいえるが、それはそれとして改正法では如何に巨額の争についても訴訟提起前の和解の申立は簡易裁判所に提出する外ないのであつて、しかも請求異議は確定債権の内容を本質的に争う訴訟であるのに単なる形式論でそれが簡易裁判所の専属管轄に固定されるという解釈それ自体が請求異議の訴に専属管轄を定めた本来の目的たる公益の観念に副わぬ結果を招くことが明かである。この和解についてはそれが合意管轄によるものでない限り第五六〇条により準用される第五四五条の第一審受訴裁判所とはすべて事物管轄上第一審の終局判決を与え得べき(和解が調はないとき)裁判所と解するのが合理的であろう。

以上の理由により本件は名古屋地方裁判所の専属管轄事件として当裁判所の管轄に属しないので、法律上当裁判所管轄区域の裁判事務を取扱うべき名古屋地方裁判所豊橋支部に移送すべきものと認め、民事訴訟法第三十条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 片桐孝之助)

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